Love is ID〜鏡の城〜

向日葵が見つめるなかで許されることない恋に堕ちたあの日・・・。この恋の結末を知っていても僕は君しか愛せない。

第3章 雨 〜前編〜


あれから数日が過ぎ、約束の土曜日

会社につくと、愛流からのメールが届いていた。

「いよいよ今日だね。予定は大丈夫?
 駅の近くに美味しいと評判のお店を見つけたので
 そこを予約しました。予約は20時に入れたから
 駅前に遅くても10分前には来てね。
 都合が悪くなったら、早めに連絡を下さい。
 楽しみにしてます。愛流」と書かれていた。

俺はそのメールに

「了解。もしかしたらギリギリになるかもしれへんけど
 なるだけ早く行くようにするから  渡辺」と返信した。

会社の子と、しかも女の子と食事・・・。

自分のことなのに、どこか他人事のように感じてしまう。

もしこれが愛流じゃなかったら、俺は断っていたのか?

突然、湧いてきた疑問に戸惑いながらも

すぐに、俺の心は否定しはじめる。

違う。この感情は恋と呼べるものじゃない。

そうあいつは、ただの友達なんだから・・・。



『渡辺、ちょっとこっちにきてもらっていいか!』

「あ、はい。今いきます」

呼ばれた声に引き戻されるように、俺は仕事へと気持ちを切り替えた。

『いやだ。雨降ってる。ねぇ〜今日雨って言ってた?』

耳に入ってきた声で、ふっと我に返った。

時計を見ると、あれからだいぶん時間も過ぎ雨が降っていた。

「もう5時かぁ〜。集中してたからわからへんかったわ
 しかも雨降ってるし・・・。なんやこの間からずっと雨って・・・
 もしかして俺って雨男なん?」

ブツブツと言いながら、俺はビルの中のある場所へと向かっていた。


そこは毎日とまではいかなくても、俺が考え事をするとき

一人になりたいときにいる場所で

以前は資料室として使われていたけど、今はいらない物を

詰めておく倉庫のようになっていた。

俺はこの場所が好きだった。物が溢れていてけしてキレイとはいえないけど

なんだか懐かしい匂いがして、心が落ち着く。

部屋に入り、いつもの場所に腰掛けて俺はタバコを吹かしていた。


カチャ

扉が開く音がして、話声が聞こえてきた。


『どうしても駄目なの。先週も会えなかったのに・・・』

女・・・。でもこんな場所にひとりで?

『わかってる。私の我侭だって・・・。でも、ほんの少しでもいい
 こんな雨の日はあなたの傍にいたい。寂しすぎるの・・・』

少しずつ涙声に変わる。


俺は、まずい場所にいる気がしたが動けずいた。

雨の音が激しくなり、その声に重なるように女の声が時折乱れる。

女は好きな男に逢いたいと思っているが、男には予定があり断っている。

そんなとこだろう。

好きな気持ちを抑えることができない。

ほんの少しでもいいから、傍にいたい。

俺には、理解することのできない感情だった。

やり取りが、次第にはっきりと耳に入ってくると

話を盗み聞きしているようで、次第に俺は嫌な気持ちになっていた。

この場から離れたい。けれどこの位置から動くことは

その女性に気付かれることになる。


『もういい、わかった。あなたにはあなたの事情があるのに・・・。
 我侭いってごめんなさい。私は大丈夫だから気にしないで
 じゃあ・・もう切るね』

その声を聞いて、俺はやっとこの場所から動けると思った。

けれど電話を切った後も、女はその場を動かなかった。

「何で、帰らへんねん。」

少しだけ体をずらすと、女の姿が見えた。


俺は・・・驚いた。

背を向けるように立っていた女性は、瀬名だったから

細い肩が震えていた。

声を押し殺すように、溢れる涙を抑えるように・・・。

いつも堂々して、自信に満ち溢れた気丈な彼女が泣いている。

その姿が、俺の胸に大きな衝撃を与えた。


ガタッ・・・

動いた瞬間、ポケットから落ちたライターの音が部屋に響いた。

『誰・・・。誰かいるの?』

俺はそのライターを拾いあげて、立ち上がった。

今更、逃げることも隠れることもしたくなかったから

「ごめん。聞くつもりなかったんやけど、たまたまココにいたら
 君が入ってきたから、出るに出れなくなって・・・」

『そう・・・。まさかココを知ってる人がいるとは思わなかった。』

気付かれないように、背を向けて涙を拭いなら呟く。


「俺もココを誰かが知ってるって思わなかった。
 使われなくなってから、だいぶん経ってるし
 何より普通の人には、心地よい場所じゃないだろうしな」

『たしかに普通の人には、あまり心地よい場所じゃないかもしれない。
 でも私はココが居心地いいと感じてる。なんだかね懐かしい感じがするのよ
 だから一人になりたいときは来てしまうの』

同じ気持ち・・・。俺が感じていたことを彼女も感じていたことが

不思議な感覚となり、急に2人っきりの空気が重く感じ始めた。

「俺、ココで見たことも、聞いたことも、誰にも言わないから安心して」

それだけ告げて、足早に部屋と出て行こうとした瞬間

窓の外で光が走り、大きな音と同時に部屋が揺れた。

そして・・・瀬名が、俺に抱きついてきた。

驚いた俺は、その抱きしめられた手を振りほどこうとしたのに

心とは裏腹に、その手を振りほどけなかった。


ナゼ、ドウシテ・・・。

理由などわからない。ただ・・・

震える体を感じてしまったから。


違う・・・。瀬名の瞳を見てしまったから・・・。

何かが、俺の中で少しずつ壊れはじめていた。


『雨は嫌い。心が寂しくなるから・・・』

そう呟いた君は、誰よりも愛を求めていた。

そして俺は・・・、愛を求めた君の手を掴んでしまった。

耳の奥で感じる雨の音が、君の心が壊れる音に聞こえて

俺は、瀬名を強く抱きしめていた。


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